- Nami Sakai

- 4月8日
- 読了時間: 2分
更新日:4月9日
JPN Paradox 05|空気を読む
調和を守る沈黙のプロコン。

日本で働いたことがある人なら、「空気を読む」という言葉を聞くのは日常茶飯事ではないでしょうか。一般的には「言葉にされていないことを察すること」とされ、「行間を読む」に近い感覚かもしれません。
私にとって、この言葉にはどこかネガティブな響きがあります。
対立や気まずさを避けるため、
個人にその判断が委ねられているように感じることがあるからです。
例えば、会議で質問したいことがあったとします。
でも、それをその場で聞くのはためらってしまう。
誰かを不快にさせてしまうかもしれない。
場の流れを止めてしまうかもしれない。
だからその場では聞かず、あとで裏でフォローする。
そうすることで、相手の不快感を与えない。
そして同時に、自分自身も守っているのかもしれません。
目立たないために。
緊張や衝突を生まないために。
それが「空気を読む」ということ。
では、空気を読み違えたらどうなるのでしょうか。
私には、そうした経験が比較的多いかもしれません。
もちろん、タイミングを見極めることは大切だと思います。
でも私は、誰かに挑戦したいわけではなく、ただ理解したいだけ。
確認する余地がないと、別の種類のモヤモヤ感が生まれてきます。
答えが見えない。
次に何をすればいいのか分からない。
その不確実さが、仕事にも影響してきます。
認識のズレや誤解も生まれやすくなります。
そう考えると、空気を読むにしても、読まないにしても、
どちらにもリスクがあるのかもしれません。
そして興味深いことに、あえて発言したとき、
同僚から感謝されることもありました。
同じ疑問を持っていて、誰かが言ってくれるのを待っていたのです。
「出る杭になること」(これはまた別の機会にですが…)
私にとっては、日常の中で取り続けているリスクのひとつです。
なぜなら、沈黙を選ぶことよりも、
明確にすることの価値の方が大きいと感じているからです。
とはいえ、空気を読むことが正しい場面も、きっとあるはずです。
みなさんはどう思いますか?
***JPN Dynamix シリーズは、日本を批判するものではありません。一見すると矛盾しているような側面に、さまざまな視点から目を向け、考え、対話を生むためのきっかけをつくる試みです。こうしたギャップや違和感を可視化することで、対話が生まれ、理解が深まっていくことを願っています。ぜひ、皆さんの視点もお聞かせください。***



